街のバー

半年ほど前に引っ越してきた街に、一軒のバーがある。

といっても昼間はカフェ、夜はバーといういわゆるカフェバーなのだが、出している酒はそこら辺のオーセンティックバーが舌を巻くようなものばかりなのだ。

そして価格が素晴らしい。

どのビールもカクテルも500円均一という破格値でノーチャージなので、乾きモノを頼んでも会計は3桁台ということがままある。

しかし酒の品ぞろえに手抜かりは一切なく、私の好きなバーボンについては、プレミアムクラスの銘柄が居並ぶという有り様だ。

 

バーにとって、空間としての雰囲気は時として酒以上に重要だが、その点もここは信頼できる。

マスターの絶妙な客との距離感が生み出す微量の緊張感が上手く非日常の空気を醸成し、常連が大騒ぎするようなこともなければ、過度に静まり返ることもない。

適度なざわめきを背後に一人黙って飲むもよし、二人で静かに会話するもよし、自分では絶対に作れない美味いカクテルを飲みながら、外の景色を眺めるもよし。

ここは何の変哲もない郊外の住宅地だが、この店のカウンター越しに眺める街道の風景は、この街に住んでいてよかったと思わせる温かみを感じさせる。

 

マスターは年齢こそ初老に属するのであろうが、そう言うのが失礼なほど背筋の伸びた、ストイックな印象の方である。

何も話したことがないのですべては憶測なのだが、ここでマスターを始める前にもあらゆる場所で経験値を高めてきたことのうかがえる達人の風情で、いつも折り目正しく、かつ堂に入った振る舞いを見せてくれる。

実家のような安心感でここに入り浸っている若い女性にも、誰かと話したくてしょうがない中年男にも、どんな客にも平等で見事なあしらいを見せつつ、決して踏み込むべき領域の深さを誤ることがない。

彼自身がどのような来歴の人なのか、私には非常に興味深く思えるが、それを知ることがなくとも、私にとってマスターは大人のロールモデルの一人となっている。

 

最近はノンアルコールの日が多く、飲む日であっても店の休日(しっかり休むところもまたいい)と重なってなかなか行けていないのだが、この週末にはぜひまた立ち寄ってみたいと思っている。

自分の住んでいる街に、こんな店があってよかった。