「Sort of」の感覚

スラップ・ハッピーは、いくらでもそれを表す記号を連ねることができるバンドである。

クラウトロック、アヴァンポップ、ジャーマンプログレ、はたまたカンタベリー・ロック……これら記号の集合体から浮かび上がるのは、「要するにフツーのロック、ポップスじゃないのね」という奇態の像だろう。

実際、スラップ・ハッピーはわかりやすく奇妙で、わかりやすくわかりにくい。

メロディラインは不安定だし、不協和音は鳴り響いているし、楽器のフレージングはインプロヴィゼーションを思わせる。

こうした第一印象により、かなりのやっかいな迷路を抜けてこのバンドにたどり着いたはずのリスナーも、「はいはい、そういうのね」と記号処理してしまう人が一定数いるのではないか。

そう思うと、非常に口惜しいのがこのバンドなのだ。

 

私は大作「カサブランカ・ムーン」も好きだが、彼らのアルバムでもっとも愛聴するのは1st「Sort of」である。

「Sort of」には、このバンドの種子となるすべての要素が含まれている。

それは手段としての音楽的素養のみならず、手触りのような言語化しがたいものまですべて、である。

「Sort of」の楽曲には、意外なほどにラフなロックナンバーも多く収録されている。

それらは、「Loaded」におけるヴェルヴェッツや、ジョナサン・リッチマンあたりの系譜にある、蓮っ葉だが不思議と臭みのない、ヌケのいい音像が特徴となっている。

このあたりのセンスは、やろうと思ってやれる類のものではない。

そして、ダグマー・クラウゼがヴォーカルをとる曲群は、それとは対照的に、ロック経験のみしか持たないリスナーにとっては参照項の見いだしにくい、不思議な音像を聞かせてくれる。

その浮遊感は唯一無二としか言いようがないが、完全に音と光を遮断した空間から最初に聞こえてくる音楽があるとすれば、それにふさわしいように感じられる。

 

とりわけ「small hands of stone」の浮遊感は群を抜いている。

この曲を聴いているときの聴き手のバイオリズムは、この曲以外では再現不可能のものであろう。

ヴォーカル、ピアノ、ベース、サックスの4本の音が完全にかみ合っていないのにもかかわらず、ここまで強力な音像をつくり上げている楽曲は、なかなか他に見当たらない。

 

もし、「その音楽を聴くことでしか呼び出されない感覚」を音楽に求めるのであれば、「Sort of」は最適解の一つであるだろう。