スプリンター

ずいぶん昔の『東京人』に、北野武のインタビューが載っていた。

そのころ北野は「あの夏、いちばん静かな海。」を撮ったばかりだった。

「あの夏~」の主人公が、新しいサーフボードをなかなか手に入れられない件を尋ねられ、北野は以下のように語っていた(と思う)。

 

学生の頃の夏休み、自分は金が無くて実家のペンキ屋の手伝いをしていたが、その横で学友はトヨタのスプリンターを親に買ってもらって海に繰り出していた。

チクショーと思いながらそれがうらやましくてたまらず、喉から手が出るほど、自分もスプリンターが欲しいと思った。

時が過ぎ、今ではポルシェなんかにも乗れるようになったが、どこかで満たされない気持ちがある。

やっぱり自分はあの時にスプリンターが欲しかったのであって、もうその願いは叶うことがない。

 

……その気持ちが、「あの夏~」の狂おしいような青さにつながっているのだろうか。

私は北野武のこういう感性がたまらなく好きである。

 

そして私は今、Nさんと映った写真を眺めながら思う。

私にとってのNさんは、北野武にとってのスプリンターなのだ。

心の底から欲したが手に入らず、この先も永遠に手の届かない存在。

これを世間では「マドンナ」というのだろう。

マドンナのいる人生は、そうでない人生よりも素晴らしいと信じている。